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いない。
おっかしいなあ、式は飛ばしたはずなんだけどなあ。もうすぐ夕方になりそうなんだけどなあ。なんでイルカ、いないんだ?
中忍に合格したと聞いて喜び勇んで式を飛ばした。その足でイルカの家まで来てイルカの帰りをずっと待っていたのだが、待てど暮らせどイルカはやってこなかった。イルカの性格からして買い物をしたらすぐに家に帰ってくるだろうと思っていたんだけど、どこかで寄り道をしているのか?
あ、もしかして俺の式が行ってない?それとも、式に気付いていたけど今日は別の所で祝賀会があって俺との約束は後回し、とか...。うわっ、俺すごい卑屈になってる。馬鹿だな、俺。イルカはそんなことするような奴じゃないって解ってるのに。
ああ、恥ずかしい。
イルカのこととなるとなりふり構っていられなくなる。
ふう、と息を吐いた。あたりは夕焼けに染まりつつある。じきに暗くなってしまうだろう。
.....。
うう、過保護とでもなんとでも言え!俺はイルカを探しに行くっ!
俺は忍犬たちを口寄せした。
「お前たち、イルカの居場所を突き止めろっ。」
わんわんっ、と吼えてやつらは駆けていった。里内で人捜しに忍犬使うのなんて初めてだよ。
忍犬たちの報告を待っている間に、辺りを見渡せばうっすらと霧がでてきていた。街にまで霧が出てきているとなると山の方はきっと濃霧だろうなあ、とぼんやりと思った。
オォーン、と聞き覚えのある雄叫びが聞こえた。イルカの向かった方向が解ったようだ。
俺は声のした方へと向かって跳躍した。
街を抜け、演習場を避けて通り抜け、岩山のある道沿いを駆けていってたどり着いたのは山の中だった。
なんでこんなとこにいるんだ!?わっかんないなあ、試験が受かったらここに来るといいことがあるとか言うジンクスでもあったっけ?
まっ、そんなことはどうでもいいよ。さっさとイルカを見つけないと、と思っていたが、山の中も霧が出てきて、それはあっという間に濃霧になってしまった。
予感的中とはこんなことを言うんだろうなあ。
これでは気配を隠されたら解らないではないか。ああ、写輪眼を使えばいいかぁ...っておい、人捜しに写輪眼ってどうなんだよっ。忍犬まで使ってその上写輪眼って、過保護にも程があるって!!
だが、そんなことを頭の中でもんもんと考えている間にも、霧はどんどん濃くなっていく。もう数メートル先も、自分の腕すら霧で霞んでしまう。実は今日の任務で忍犬たちを一度使っていたのであんまり疲労させるのも悪いからと戻してしまっていたのが裏目に出てしまった。だってここまで霧が深くなるなんて思わなかったし。
.....。
うう、ごめんオビト、任務以外で使ってしまう俺の弱い心を許してくれっ!
俺は額宛てを上に上げた。そして左目をかっ、と見開く。
「写輪眼っ!!」
普通にはありえない洞察眼で相手の気配を、チャクラを感じ取る。
よしっ、いたっ。
俺はその気配に向かって走る。
霧の中、木々を通り抜け、藪をまたぎ、彼の人の元へと走る。
イルカは巨木の根元を背にして眠りこけていた。
はぁ〜。とため息が吐いて出た。まあ、無事で何よりだけどねえ、中忍になったんならここまで人が近づいてきたら普通起きるよね?
俺は左目を閉じると額宛てを元の位置に戻した。
霧のせいで顔もよく見えなかったのでそっと近づいて顔の確認をする。
あーあ、こんなにすやすや寝入っちゃってまあ。
「俺が敵だったらどうするつもりなんだよ、気配だってそんなに消してないのに、こんなに鈍感じゃあ、これから忍びとしてやってけないよ〜?」
なーんてからかってやってからイルカの肩をとんとんと叩いた。
「イルカ、そろそろ起きようよ。」
イルカはむにゃむにゃとしていたが、はっと目を見開いて起きあがった。俺はぶつからないように身を翻して少し離れた場所まで飛んだ。もうちょっと状況を見ようね、危ないでしょうに。
「えっ、あれっ、俺どうしたんだっけ?なんだよこの霧っ!周りなにも見えねーじゃんっ。」
それは俺が聞きたいよ、と思って俺は苦笑した。
「うっわー、俺寝てたのかぁ。ってもう夜っ!?早く飯の支度に取りかからないとっ。」
えっと、俺がここにいるってこと、気が付いてない?まあ、霧で相手の姿は見えないし、身を翻した瞬間にいつものくせで気配も消しちゃってたけどさあ...。中忍になったんだよねえ?イルカ...まじですか?
こうしちゃられないっ!とイルカはさっさと山から下りて行ってしまった。
俺はぽつん、と取り残されてしまった。まあ、急いで追いかけることもない。イルカはうまい飯を作ってくれるようだし。
今度はくすくすと声に出して笑った。
俺はそれからじっくりと時間をかけて山を下りたのだった。
そういえば結局イルカはどうして山なんかに入ったんだろう、買い物するなら街の中でしょうに。わざわざ山まで食材を取りに!?イルカの性格から考えてこれはちょっとない気がするなあ。いくら料理が好きだからって、イルカの料理好きは簡単に手に入る食材でいかにうまく、低コストで作るかという一点に集中している。一つ一つの食材に時間をかけて吟味して、なんてどこぞの料理人じゃああるまいし。
俺はてくてくと歩きながらイルカの行動の不可解さに首を傾げた。数年側にいないだけでこれだけ相手の行動が理解の範疇を越えるとさすがに驚いちゃったなあ。
ま、必死になってる所は相変わらずで、なんだか微笑ましかったけど。
それから山を下りた頃にはすっかり辺りは暗闇に包まれており、だが霧は晴れていた。
イルカは今でもあの仮設住宅に住んでいる。家を移ることはいつでもできただろう。もっと居心地の良い家もあっただろう。けれどイルカはこの家から離れなかった。
それが彼にとってどんな意味を持つのか、それは本人ではない俺にも正確な所は解らない。けれど、自分にとっての居心地のいい、両親と一緒の家はもう二度と手に入らないのだと知っているからこそ、自分のいる場所は自分一人がいればいい空間であり、それはつまりどこでも一緒だと結論づけたのではないかと思わせた。
俺はイルカの家の前に立った。そして深呼吸してドアをノックした。
「はーい、」
と言う声と共にドアが開けられると、イルカと一緒にいい匂いが漂ってきた。暖かな匂いだった。
「や〜、久しぶり〜、」
と言えば、イルカはにかっと笑って言った。
「霧の中の探索お疲れさーん。」
おいおい、気付いてたんなら声かけてよね〜。
俺はがっくりと肩を落とした。
「イルカ、人が悪いよ。」
「いや、でも眠りこけてたのは事実だし、なんか自分が情けなくってさあ。そんなこんなであの時はまじまじと面合わせるなんてできなかったんだって。俺も中忍としてのプライドっつうもんがあってさあ。っとまあ、上がれよ。」
イルカに言われて俺はイルカの家に上がった。以前に一度だけ来た時よりも生活感に溢れている。ここで生活してるんだなあ、としみじみ思った。俺の家なんてずっと住んでるって言うのにまるで生活感なんてないからなあ。冷蔵庫に食材なんてほとんど入れないし。
俺は一間しかない居間の卓袱台の前に座った。イルカは台所から皿を持ってきて卓袱台の上に置いていく。
今日は中華で統一のようだ。鶏肉のカシューナッツ炒めと中華風おじやと温野菜の蟹の身と卵白あんかけとホタテ貝柱のこれはオイスターソース炒めかな?あとは俺が絶賛した卵スープか。
「なんか豪勢だね。」
「だって俺、今日中忍に合格して登録してきたんだもんよ。お祝いなんだから当たり前だろ?」
ふと、俺はなんだか何かを見落としてしまったことに気が付いた。
う〜ん...。あ、やべっ、中忍昇格のお祝い、なんも用意してなかった。
さぁーっと顔から血の気が引いた。
そういえば祝辞なんかも用意してない。うーん、困ったなあ。
「どうした?苦手な料理でもあったか?」
俺のただならぬ様子にイルカが的はずれなツッコミを入れてくる。だから俺は天ぷら以外はなんだって食えるって!と、そんなことよりも、
「いや、すごい旨そうなんだけど、俺、お祝い、何も用意してこなかったなぁ、と思って。」
言うとイルカはぶっと笑った。笑うなよっ、人が折角ナイーブな男心を語ってやったのに。
むくれていると、イルカは悪い悪い、と言いながらも笑いながら涙を滲ませていた。
「だって俺は、カカシが今日来てくれたのが一番の贈り物だって思ってるぜ?」
「うわー、イルカしばらく会わない内に言うようになったね、殺し文句。それでどんだけ女たぶらかせてきたの?」
イルカはぶふっ、と今度はむせて真っ赤になった。
「な、なっ、なんてこと言ってんだっ!ばかかっ!?」
いや、この位の年頃になれば色恋沙汰の一つや二つ、あってもいいんじゃないの?俺はずっと里にいないから浮いた話しなんてなかったけどね〜。
「料理が冷めちまうだろっ、さっさと食うぞっ。」
イルカは話しをすぱっと切った。そしてパンっ、と手を合わせていただきますっ、と元気よく言った。
俺はちょっとしてやったり、と人知れずにやけていただきます、と箸を取った。
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